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対話シーンの技術——セリフだけに情報を託さない「三層構造」の解説【創作プロセスの解剖学】

目次

対話シーンの三層構造

「言ったこと」だけが対話じゃない #

「何でもできるんだな!」——小説内のこの一言のセリフから、あなたは何を感じますか?

この部分では驚きや関心といった感情、また、対話する相手の能力についても情報を得られます。
この一言のセリフだけでも様々な情報が含まれていますね。

しかし、小説における対話シーンは、単に登場人物が言ったことを伝えるだけの道具ではありません。キャラクターの感情、関係性、そして物語全体のテーマを読者に届ける、最も強力な表現手段になり得ます。つまり、さらにたくさんの情報を読み取らせる可能性を秘めています。

それにもかかわらず、言ったことを書くだけで満足していませんか。実は、優れた対話シーンは「セリフそのもの」よりも、「セリフの裏側」や「セリフと動作の組み合わせ」によって、読者の心を揺さぶったり情景を与えたりするのです。

本記事では、筆者の作品から具体例を交えながら、読者に様々な情報を与える対話シーンの書き方を解説します。

I. 対話シーンの「3層構造」——セリフだけでは伝わらない #

優れた対話シーンは、以下の3つの層が重なり合って構成されています。絵や写真、映像など視覚情報のない小説では、この空気感まで描かれた表現が大切です。

層1: セリフ(言葉そのもの) #

キャラクターが実際に発する言葉です。しかし、これだけでは不十分です。

層2: 動作・表情(非言語情報) #

セリフと同時に起こる身体的な反応です。これが感情の「本音」を語ります。

層3: 地の文(内面描写・状況説明) #

キャラクターの内面や、その場の空気感を補足する説明です。

【事例で見る3層構造】

❌ NG例(セリフだけ)

「パパなんて大っ嫌い!」
美桜は怒って部屋に入った。

これでは感情の深さが伝わりません。

✅ OK例(3層構造)

「パパなんて大っ嫌い!」寝室へ駆け込む娘の表情は見えなかった。
「こら! 美桜!」
「お祝いしたくないんでしょ! 明日もお仕事してて!」
寝室はバタンと閉ざされてしまった。

(「リグレットゲージ」prologue より)

解説:

  • セリフ: 「大っ嫌い」という強い言葉による怒り。
  • 動作: 「駆け込む」「バタンと閉ざす」→行動や音でスピード感や空気を表現。
  • 地の文: 「表情は見えなかった」→父親が娘の本心を読み取れていないこと。

この3層が重なることで、読者は美桜の複雑な感情(怒り+悲しみ+寂しさ)だけでなく、父親との関係性を立体的に感じ取ります。
美桜だけが存在している寝室という空間が閉ざされる=心が閉ざされること、また直接表現されているわけではない「扉」が2人の隔たりとして「バタン」と音を立てながら現れたことも読み取れます。「心の扉」という言葉があるくらいには、読者に心情を伝えたいときには扉を描くことが常套手段となります。

II. セリフに「体温」を持たせる5つのテクニック #

単調な会話を、生き生きとしたやり取りに変える具体的な技術を紹介します。

テクニック1: 言いよどみ・言い直しを入れる #

完璧な文章で話す人間はいません。リアリティを出すために、あえて「不完全さ」をそのまま表現として使います。

【事例】

「お世話になっております、佐藤です。渡辺さっ…渡辺がおやっ…ただいま外出中でして…」つい早口になってしまうが、ブレーキも効かずにだんだん会話に頭が追いつかなくなってくる。トラブルが発生しているという事実だけを必死に捉えるしかなく、アクセルは踏まれたままになる。「大変申し訳ありません、本日中に修正して再送いたしますので。」

(「リグレットゲージ」プロローグ より)

解説:
「渡辺さっ…」→言いかけて訂正、「おやっ…」→敬語の失敗。焦りと緊張が、セリフの「乱れ」のみで伝わります。電話が苦手な主人公の性格も、この一文で表現されています。
さらに、きかないブレーキと踏まれ続けるアクセルという比喩表現によって、これが制御不能であることを加えます。最後の「大変申し訳ありません、本日中に修正して再送いたしますので。」という言葉は、制御できないままに不本意に出てしまったセリフだということがわかりますね。

テクニック2: 相手の言葉を「繰り返す」ことで感情を強調 #

驚き、確認、疑念など、感情が高ぶるとき、人は相手の言葉を繰り返します。

【事例】

「な…何て駅? もう一回言ってもらえるかな。」
(中略)
大樹がもう一度駅名を繰り返すと、メガネの男子はブツブツと話し始めた。

(「記憶のまち」第1話 より)

解説:
聞き返すことで、しげちゃんの慎重さ・真面目さが表現されます。「もう一回言ってもらえるかな」という丁寧な言い回しが、このキャラクターの知的で礼儀正しい性格を示しています。

テクニック3: 間(沈黙)を使う #

「言わないこと」が、最も雄弁に語ることもあります。間や沈黙は絵の見えない小説において「静けさ=動かない状態」を表現できます。

【事例】

「真相はわからないけど、うちに行こうか。」
意外にも沈黙をやぶったのはしげちゃんだった。

(「記憶のまち」第1話 より)

解説:
「意外にも沈黙をやぶった」という表現から、それまで3人が無言だったことが分かります。セリフを書かずに、「沈黙」という状況を地の文で示すことで、ミチババアの謎めいた言動に対する戸惑いや気まずさに、彼らの思考が立ち止まってしまったことが伝わります。しげちゃんが沈黙を破るという「静を動にする」行為は、この後の「為す術がないように見える状況をしげちゃんが打破する」という展開につながる表現にもなっています。

テクニック4: セリフの「温度」を動作で表現 #

同じセリフでも、動作次第で全く違う感情になります。

【比較例】

❌ 温度が低い

「おかえり!」優月が言った。

✅ 温度が高い

「おかえり! 仕事大変だったね。ご飯用意できてるよ。」
リビングのドアが開き、優月がこちらに向かいながら言う。

(「リグレットゲージ」prologue より)

解説:
「ドアが開き」「向かいながら」という動作が、妻の積極的な迎え入れを表現しています。セリフを分割せず、長めにすることで優しさと心配が伝わります。また、動作を加えることによって「帰宅」という点の時間が、線で流れ続ける時間に昇華されています。

テクニック5: キャラクター固有の「口調」を確立 #

それぞれのキャラクターが独自の話し方を持つことで、読者は誰が話しているか一目で分かります。また、その人物の背景まで情報として読み取ることができます。

【事例: ミチババアの方言】

「汽車でタマカワグツって駅まで行っでな、ずーっと歩ぐんだよ。」
(中略)
「んで、枝分がれしたツッチャイ道に入っでがらは険しぐなるから気ぃづげで、トンネルを2つ抜げで、橋を渡った先が、その『サワネ』だよ。」

(「記憶のまち」第1話 より)

解説:
「行っでな」「歩ぐんだよ」という方言、濁点が多く独特のリズムを持つ話し方。さらに「鼻から声が出てるんじゃないか」という地の文の補足で、読者は声のイメージを具体的に想像できます。このキャラクター固有の口調が、ミチババアという存在を印象的にしています。「未知」のババアとも作中で語られていますが、これは主人公などの子供たちがもつ知識内でのことであり、出身が現在の舞台とは別の場所であることや、おそらく東北ではないかと読者は想像することができます。つまり、読者に対して、登場人物以上の解像度を与えることもできるのです。

III. 会話で読者を物語の世界に引き込む #

会話の長さ、テンポ、間合いをコントロールすることで、読者に物語の世界観を体感させる技術を解説します。

リズム1: 短いやり取りでスピード感を出す #

短いセリフの連続はスピード感を生み、読者をその速度に乗せることができます。読者はそのリズム感によって物語の世界へ入ることができます。

【事例】

「鈴木じゃなくて直哉って呼べよ。」
(中略)
「そういえば、おまえは何て呼ばれてんの?」
(中略)
その後の会話で直哉が度々「しげちゃん」と呼びかけるので、どうしてもメガネの奥にある目は細くなり、そして口角は上がってしまうのだった。

(「記憶のまち」第1話 より)

解説:
短いセリフ→短い地の文→短いセリフというリズムで、友情が芽生える瞬間のぎこちなさと嬉しさが表現されています。「口角は上がってしまう」という表現が、しげちゃんの隠しきれない喜びを伝えます。テンポよく会話が進んでいくことで読者のリズムを作中に合わせていき、子供ならではの会話の世界に入りこませます。
また、すべての会話を作中で書かなくても「その後の会話で直哉が度々『しげちゃん』と呼びかける」という表現によって、書かれている以外の会話が存在していて、その度にしげちゃんの心の距離が近づいていくという想像を持たせることができます。

リズム2: 長いセリフで「語り」を入れる #

説明や回想が必要なとき、あえて長いセリフを使います。地の文ではなく登場人物の口調に語らせることによって世界観に導いていきます。

【事例】

「ここは、夢でもありません。」
(中略)
「あえてこの場所を説明するなら、あなたの人生の途中を切り開いた空間です。そして私はこの空間を任された管理者。案内人と言ったほうが役割がわかりやすいでしょうか。」

(「リグレットゲージ」第1話 より)

解説:
案内人の神秘的で丁寧な口調が、長いセリフで際立ちます。世界観の説明を、案内人のセリフに乗せることで、説明臭さを抑えながら自然に読者に届けています。

リズム3: 「三人の会話」の制御術 #

三人以上の会話は混乱しやすいため、明確な制御が必要です。

【事例】

「せっかく夏休みだしさ、サワネの場所がわかったら2人で行こうぜ!」
(中略)
「さっきから面白そうな話してるじゃん。私も行くよ。」澄んだ綺麗な声だが、話し方はいたずらっぽい。
「鈴木さん…」としげちゃんが怯えるような様子で直哉のほうに視線を逃がすと、「鈴木じゃなくてリサって呼べよ。」とリサ本人じゃなく直哉が言って、そしてこう続けた。
「そんでさ、これは男の冒険なんだよ。おまえは関わらない方がいい。」

(「記憶のまち」第1話 より)

解説:
「誰が話しているか」を明確にする地の文が重要です。「視線を逃がす」でしげちゃんの怯え、「リサ本人じゃなく直哉が言って」という説明で読者の混乱を防いでいます。三人の性格の違い(直哉の無謀さ、しげちゃんの臆病さ、リサの強気)も、この短いやり取りで明確になります。

IV. 「言わないこと」で感情を伝える高等技術 #

最も深い感情は、セリフにならないことがあります。

技術1: セリフに「すべてを語らせない」 #

【事例】

「しげちゃん、オレが勇者なら、おまえは賢者で、そうすると、もう一人闘えるようなやつがほしいと
思わない?」
しげちゃんはゾッとした。

(「記憶のまち」第1話 より)

解説:
「もう一人闘えるようなやつ」というのはリサという女の子のこと。この会話の前に、彼女について下記の説明がされています。

腕相撲は誰もが勝てず、あまりにも周りが弱すぎるという理由で高学年になってからは闘いを申
し入れなくなったようで、殿堂入りのチャンピオンと言われている。
隣のクラスのいじめっ子をボコボコにしたこともあるし、さすがに嘘だと思うが、強すぎて父親を殺
してしまったなんていう噂話まであった。

(「記憶のまち」第1話 より)

この、誰かが作り上げた「リサ像」をクラスメイトたちが信じているという状況を説明するために、直哉には直接「リサ」という名前を言わせず、「しげちゃんはゾッとした」という地の文によって補強させます。

技術2: 動作だけで感情を語る(セリフなし) #

【事例】

メガネの奥にある目は細くなり、そして口角は上がってしまうのだった。
(中略)
メガネの奥にある目が細くなるのを、そして口角が上がってしまおうとするのをちょっとだけ我慢した。

(「記憶のまち」第1話 より)

解説:
しげちゃんの嬉しさを、セリフではなく表情で表現しています。しげちゃん自身のキャラクター像を崩すこと無く、初めて友達ができた喜びを静かに、しかし強く印象づけます。

技術3: 「視線」や「無言」で状況や関係性、時としてそれ以上を示す #

【事例】

会社の最寄駅まで走りながらスマホに通知が来ていることに気づいた。
[美桜、明日入学式だし、もう寝かせるね]
返事を返す気力すらない。何をするにも遅かったんだ。

(「リグレットゲージ」prologue より)

解説:
主人公はこのメッセージに対して返信をしていない=無言の状態ですが、「返事をする気力すらない」という心情に「何をするにも遅かったんだ」という表現を加えています。この「何をするにも遅い」というのは、「返信するにも遅い」「電話するにも遅い」「(この日は美桜の誕生日だが)お祝いするにも遅い」等といった「もう美桜が寝てしまう」と直接的に書かれている状況内や美桜との関係上にあるものももちろん浮かびますが、人生の後悔を扱うこの物語において、主人公を取り巻くすべてのことに対して「もう遅い」があることを含んでいます。

V. 対話シーンでやってはいけない「NG行為」 #

NG1: セリフだけで感情を説明する #

❌ NG例

「怒ってるよ!」美桜は怒った表情で言った。

✅ OK例

「パパなんて大っ嫌い!」
寝室へ駆け込む娘の表情は見えなかった。

「怒った」と書かず、動作で怒りを表現しましょう。読者は「表情は見えなかった」という描写から、娘の怒りと父親の後悔の両方を感じ取ります。

NG2: 全員が同じ口調で話す #

キャラクターごとに口調を変えないと、誰が話しているか分からなくなります。

【良い例: 筆者作品のキャラクター別口調】

  • 直哉: 「おまえ」「〜じゃん?」(子供らしく元気)
  • しげちゃん: 「僕」「〜かな」(丁寧で慎重)
  • リサ: 「私も行くよ」(強気でさっぱり)
  • ミチババア: 「〜だよ」「気ぃづげで」(方言)

これだけ口調が違えば、セリフだけで誰が話しているか分かります。

NG3: 不自然な「説明セリフ」 #

❌ NG例

「俺は吉田。大樹とは同い年だし、ほぼ同期なんだよな。」

プロフィールなどの対話の相手が知っている情報を、わざわざセリフで説明するのは不自然です。

✅ OK例

「田中パイセンかっこいいっすねえー!」そう言う吉田は大樹と同い年でほぼ同期の中途入社だ。

相手が知っている情報は、セリフにせず地の文で説明するか、自然な会話の中で小出しにしましょう。
さらに、このような日常的なやり取りにすることで、仲の良さなどの関係性の情報も読者に与えることができます。

VI. 【実践ワーク】あなたの会話シーンを磨く3ステップ #

ステップ1: セリフだけの会話を書く #

まずはセリフだけを書き出してみましょう。

例:

A「今日は早く帰れる?」
B「無理かも」
A「そっか」

ステップ2: 動作・表情を追加する #

各セリフに、キャラクターの動きを加えます。

例:

A「今日は早く帰れる?」スマホから目を上げずに聞く。
B「無理かも」カバンを掴みながら答える。
A「そっか」ため息をつく。

ステップ3: 地の文で内面・状況を補足する #

最後に、感情や状況を地の文で追加します。

例:

「今日は早く帰れる?」スマホから目を上げずに聞く。期待はしていなかった。
「無理かも」カバンを掴みながら答える声は、いつもより小さい。
「そっか」ため息が漏れた。もう何度目だろう。

これで、3層構造の完成です!

「何でもできるんだな!」の一言に含ませる背景 #

さて、冒頭で紹介した「何でもできるんだな!」というセリフに戻ります。この一言には、下記の表現が続きます。

「何でもできるんだな!」直哉はやっぱりしげちゃんをすごいと思ったが、何がどうすごいのかはわかっていなかったし、そこまで考えようという発想すらなかった。

記憶のまち」第1話より
この表現が続くことによって、このセリフは「しげちゃんが何でもできる」ということを表す対話シーンにとどまりません。直哉が「何がどうすごいのかはわかっていなかった」し、さらに「そこまで考えようという発想すらなかった」ので、セリフには含まれない直哉の子供らしい単純さの印象までを間接的に含めて読者に与えることができます。 「何でもできるんだな!」の一言に対して、深みを持たせることができるのです。

まとめ: 対話は「言葉」ではなく「見えないもの」を描き、物語をコントロールするもの #

対話シーンの本質は、「何を言ったか」ではなく、「どう言ったか」「何を言わなかったか」にあります。

セリフ、動作、地の文の3層を意識し、キャラクター固有の口調を確立することで、読者の心に深く刻まれる会話が生まれます。これは、絵のない小説に空気感を与え、文字によって物語の世界を立体的に見せるための技術です。
対話によって読者の想像を掻き立てることで物語への造形を深める手助けをするだけではなく、この技術を応用して、より物語に没頭させるためのミスリードを仕立てることも可能になってきます。

今回紹介したテクニックを参考に、物語を自在にコントロールしていきましょう。

【今すぐできる実践ワーク】 #

あなたが今書いている(または書く予定の)作品から、会話シーンを1つ選んでください。

チェックリスト:

  • □ セリフだけに頼っていないか?
  • □ 動作・表情が入っているか?
  • □ 地の文で内面や状況を補足しているか?
  • □ キャラクターごとに口調が違うか?
  • □ 「言わないこと」で感情を表現できているか?

1つでもチェックが外れた場合は、3層構造を意識して書き直してみましょう!

次のおすすめステップ #

プロット作成・執筆 #

魅力的な対話シーンをつくる技術を会得したら、早速プロットを作成し、執筆していきましょう。

設定を練り直す #

対話シーンの技術によって豊かな表現が可能になったら、設定を練り直してみてもいいかもしれません。