人生をやり直したあなたは、本当に幸せですか?——

作品概要
リグレットゲージは、あなたが後悔をする度に溜まっていきます。ゲージの上限は、人によって異なります。
もしかしたら、今日この後、あなたのリグレットゲージは限界値を超えるかもしれません。
そのとき、あなたは人生のやり直しを選択しますか?——
30代の大樹(だいき)は、愛する妻と娘を持つごく普通のサラリーマン。 彼も、誰もが経験する「小さな後悔」を人並みに積み重ねてきた。
いつもと変わらない日常を送る彼に、ある日、人生の後悔の総量を示す「リグレットゲージ」が限界を超えたことが告げられる。 そのゲージが限界を超えたとき、大樹に与えられた究極の選択。
大樹が選んだのは、過去の過ちを全て知った上で、人生をゼロからやり直すという途方もない道だった。
大樹は「後悔のない人生」を求め、二度目の人生にて以前の轍を消した完璧な人生を築いていく。
各話目次
prologue マイ・リグレット >
第1話 リグレットゲージ >
第2話 人生の選択 >
第3話 決意 >
ーーcontinued
更新情報
【現在連載中】
次回更新は11月上旬の予定です。
2025.10.24 第3話公開
2025.10.24 第2話公開
2025.10.24 第1話公開
2025.10.23 prologue公開
2025.10.23 作品インデックス公開
作中用語
- リグレットゲージ:人生で積み重ねてきた後悔が溜められていく。 見た目は懐中時計に似ていて、時計のような面と反対にある蓋を開くと後悔がどれだけ溜まっているか確認できる。 上限になると、ある“人生の選択”が可能となる。
 
主要登場人物
- 田中大樹(たなかだいき):ごく普通に生きてきた30代の男性。会社員。ちょっと抜けてたり、うっかりだったり、緊張しいだったりと頼りない面が目立つ。のんびりしたところもあり、朝が苦手。一方仕事では案件でのリーダーを担うこともある。好きな食べ物は卵焼き。妻、娘と3人で幸せに暮らしていたが、“リグレットゲージ”が上限に達し、人生のやり直しを決意する。
 - 田中美桜(たなかみお):大樹の一人娘。小学校入学を控える7歳の女の子。年齢のわりにしっかり者だが、まだまだ甘えたい年頃。容姿も性格も母親似。
 - 田中優月(たなかゆづき):大樹の妻。ちょっと頼りない夫を健気に支えている。料理が得意なようで、朝食にはいつも夫の好きな卵焼きに毎日違う具材を入れて用意する豆な性格。
 - 案内人:大樹のリグレットゲージが上限に達したときにやってきた謎の人物。姿はマントに覆われ、年齢や性別は確認できない。
 - 翔(しょう):大樹の幼馴染。ときには喧嘩もするけど、とても仲良し。
 
かめいノート(作品の裏側)
もしも人生をやり直すことができるなら?私ならどうするだろう?なんて考えて、ドキドキしながら書いています。
執筆のきっかけ
人生やり直し系、タイムリープ系ってよくある物語ではあると思うんですが、ふと、私にもその機会が訪れたらどうするか?と思い立ったことが最初のきっかけでした。
ほとんどの人は人生のやり直しができるなら後悔の精算をしていくと思います。「やりたいことがある」という前向きな気持ちを持つ人も、裏を返せば何か「できなかったことがある」という後悔になります。希望も後悔も表裏一体のものだと思うのです。
それならば、後悔がなければ人生ってやり直してもあまり意義がないものではないでしょうか。
だから本作の主人公には、後悔がたくさん溜まった時点でやり直しの機会を与えることにしました。
作品のこだわり
緩急のあるストーリー
日常のまったりした部分はゆるーく、温かい雰囲気で描きます!が、焦燥感のあるシーンでは雰囲気どん底に落としたいと思っています。どうぞストーリーの進行に思う存分揺さぶられてください!
もしかしたら、自分にも起こり得る?
読み手の皆さんにも、リグレットゲージがいつ上限になるかわからないんだと感じさせたいです。自分ならどんな選択をするのか、人生を大切に生きてもらいたいなと思っています。主人公の行動に共感する部分と「あーあ」と落胆する部分と、色々あるかと思います。
今後の展望
果たして大樹は思い通りに、後悔のない完璧な人生を歩めるのか。
最後まで読めば、それまでの話が全てひっくり返るような大どんでん返しの展開を考えているのですが、その過程さえも彼の物語の一部なのです。
第一話で案内人が語る「後悔というのは、経験した出来事をある一面から捉えた感覚でしかありません。」という言葉の通り、人生でのすべての経験は考え方次第で、多面的なものだと思っています。たくさんの出来事を通って、豊かな人生にしたいですね。
あなたはリグレットゲージが上限に達したとき、人生のやり直しを選択したいですか?
また、「リグレットゲージ」を読み終えたとき、あなたは読書前と同じ考えでしょうか?
それでは、あなた自身の人生を考えながら「リグレットゲージ」をお楽しみください。
第3話 決意
決意
「そんな、すぐに決めろだなんて…。」
こうして悩む間にも、かつては無限に感じたはずの空間の終わりが間近に迫ってきていた。
人生の終わりはあまりにも速いスピードでやってくる。
「閉鎖まではあとどのくらいなんだ?」
「閉鎖処理は開始から完了まで3分です。現在、1分を経過したところです。」
提示された時間はあまりにも短く、余計に焦った大樹は考えることもできずに混乱していた。
「緊張してますか?」案内人の言葉は、究極の選択肢を与えられた人間には、まるでからかっているかのように思えた。「そんなに考え込まなくていいんですよ。」
大樹は思わず鼻からフンっと息をこぼすと、それが深呼吸の代わりにでもなったのか、少し冷静になれた。
大樹に与えられた選択肢は2つ。
1つ目、人生を続ける「新たなリグレットゲージ」。今までと何も変わらない、後悔のある人生を続けることになる。
2つ目、人生をやり直す「リグレットゲージの逆回転」。生まれたばかりの0歳からまたすべてをやらなければならないが、後悔を改められるかもしれない。
「処理完了まで残り10秒…9…」カウントダウンを始めた案内人は、その途中で空間の外に飲み込まれるように姿が見えなくなっていき、声も聞こえなくなった。
しかし依然として空間の終わりは大樹に向かい続ける。
「決めた!」もうほとんど広さのない、静まったその空間に大樹の声が響き渡る。「オレは後悔ばかりの人生をやり直す。選ぶのは“逆回転”だ!」
人生の逆回転
空間の終わりが動きを止める代わりに、リグレットゲージの針は反時計回りにゆっくりと動き始め、加速する。
大樹は首にかかっている、その懐中時計のようなものを手に取り、裏の蓋を開けてみた。中でキラキラと輝く、その不思議な液体を揺らすと、やはりいろんな色が見えるのだが、もう容量の半分くらいになって、少しずつ減り続けている。さっきはあんなに恐ろしかったリグレットが、嵩が減るたびになんだかさみしいような気持ちもあった。
リグレットがほとんどなくなってきて、再び表の面に戻して針の位置を確認すると、減速しながらカチッと0の位置に止まった。
その瞬間、大樹の記憶は一旦なくなった。
いや、ぼんやり思い出したり忘れたりを繰り返しているような感覚に近かった。
前回の記憶
だんだんと起こった出来事を言葉にできるようになる喜びを覚え、そうする度に少しずつ記憶が増えていった。この人生での最初の記憶は3歳くらいだ。
それとこの頃「ボクのだけど、“ボクじゃない記憶”がある」と、幼い大樹は不思議に思っていた。
あとは、近所に住んでいる翔といっしょに遊ぶのがすごく楽しい。
ある日、翔の家で遊んでいると、2人は喧嘩になった。発端は、茶色いクマのぬいぐるみの取り合いだった。ちなみに、2人の母親たちは、お茶やお菓子をつまみながら話し込んでいて、子どもたちがじゃれ合ってるようにしか見ていなかった。
やがてぬいぐるみの腕を持った引っ張り合いになるかというところで、大樹は「しょうくん、どうぞ。」と突然ぬいぐるみを差し出したのだった。
翔がギュッとクマを抱きしめるのを大樹はじっと見つめた。
母親たちもいつの間にか駆け寄ってきていた。「“どうぞ”したの?よくできたね。」
「これで良かったんだ…」と3歳児ならぬ口調で呟いたかと思いきや、泣き出してしまった小さな大樹を、母は笑いながら抱きしめた。
大樹は、“ボクじゃない記憶”を度々思い出していた。
このときも、翔と喧嘩を続けていれば、クマのぬいぐるみの腕がちぎれてしまって、翔に嫌いだと言われてしまうし、母からは怒られる。
まあ翔の“嫌い”に関しては一時的なもので、機嫌が良くなれば何事もなかったように「ずっとお友達だよ」とまた言ってくれることも思い出してはいるのだが、一番嫌だなと思ったのは“翔のお母さんに対して、たくさん「ごめんなさい」をして、困っているような母の姿を見なくちゃいけなくなる”という記憶で、咄嗟に翔にぬいぐるみを譲った。
人生のやり直し
大樹は幼稚園に入園してからも、この“ボクじゃない記憶”に度々動かされていたが、6歳ごろにはこれが“前回の人生での記憶”であることが理解でき、「今回の人生では絶対に後悔なんてしないんだ」と、その決意を新たにしていた。
同時に、首にかけているはずだが見えないリグレットゲージのことにも思いを巡らせていた。前回の人生での6歳児の頃よりも首元が軽いような感じがして、なんだかしっくりこない感覚だった。
もちろん、6歳時点での首元の感覚なんて覚えているわけがないから、気のせいとは思いつつも——。
第2話 人生の選択
人生の選択
「人生の選択…?」
「はい。あなたには選択肢が2つありますので、説明します。説明が終了次第、こちらの空間の閉鎖処理をします。」
「閉鎖処理?この空間も一応オレの人生だよな?案内人さんが操れるのか?」
「ええ、私はここの管理者ですので。この空間自体もそうですし、この空間の中にあるものも自在に操ることができます。そして先程説明した通り、あなたの人生を一度切ってから私が開いて差し込んだ空間になりますので、あなたの人生の一部分というわけではありません。ですので、あなたの人生についてはあなたに選択権があり、私が勝手に操ることはできません。」案内人は、大樹が様々な考えを巡らせるような眼差しをしているのを確認してから話を続けた。「それでは、人生の選択の説明に入ります。」
1つ目の選択肢
「まず1つ目の選択肢は“新たなリグレットゲージ”。」案内人はリグレットゲージを持った右手と反対側の手をマントから出し、人差し指を立てた。「あなたは新しいリグレットゲージを与えられ、人生の続きを行く。こちらを選択した場合には、この空間の閉鎖処理に加えてきちんと続きの人生の縫合をしますのでご安心ください。」
大樹はゾッとしたが、それ以上に恐ろしく感じていることがあった。
「ところで、この、今まで使ってた古い方のリグレットゲージは?」大樹は先程の、生々しいまでの“リグレット”が恐ろしく、後悔の詰まったリグレットゲージなんてあまり持ちたくなかった。
「こちらのリグレットゲージもお持ちいただきます。こちらには大切なものが詰まっていますので。」
大樹の顔は引きつった。
「なお、新しいリグレットゲージがまた上限に達した場合には、今回と同様に再び人生の選択が与えられますが、そのゲージの大きさを知ることはできません。小さな後悔ですぐに上限に達し、また人生を選択することができるかもしれませんが、逆に、大きな後悔をいくつしても上限にならず、そのまま寿命を迎える可能性もあります。ここまでの説明は理解できましたか?」
「まあ、つまり昨日までと変わりなく生きていくってことだな。でも、この先はリグレットゲージがどのくらい溜まってるのか確認しながら人生を送れるのか?」
「リグレットゲージは誰もが持っていますが、通常は目視できないものですので、ゲージを確認することは不可能となります。1つ目の選択肢の説明は以上になります。」
2つ目の選択肢
「そして2つ目は、“リグレットゲージの逆回転”です。」次は人差し指に加えて中指も立てた。
「逆回転…?この、時計みたいになってるとこを反時計回りに操作するってこと?後悔をやり直せるとか?」
「まさに、お察しの通りです。リグレットゲージの針部分は人生の時間を刻んでいます。リグレットゲージの針を逆回転させて戻し、その位置から人生をやり直すことができます。逆回転を選択した際は、リグレットゲージは今まで使用していたものを再びお持ちいただくのでゲージ容量も現在と同様になります。逆回転とともにリグレットは減っていき、針が0の位置になるとき、ゲージはエンプティ(空の状態)になっています。」
「リグレットがなくなるのか?そうすると、オレの後悔はなくなるんだな?」
「リグレットは出来事ですので、その出来事自体はなくなります。しかし、記憶はあなたの中にあるものです。記憶は後悔だけではありません。嬉しかったこと、怒り、悲しみ、楽しさも。あなたが抱えている、すべての記憶を持ったまま人生をやり直すことができます。」
「なるほど、それはいいな!」大樹はこちらの選択肢だな、と思った。
「なお、逆回転を選択するとリグレットゲージの針が0の位置まで戻っていきます。人生の最初、つまりあなたが生まれるところまで戻るのです。」
「生まれるところ?!」大樹は口をあんぐりした。「途中まで戻すとかはできないの?できれば、昨日の…会社で電話に出るところまで戻って、早く家にかえって娘と一緒にケーキを食べられるようにしたいんだけど…。娘には寝ているときだって笑顔でいてほしい。次の日、起きたら妻と3人で手を繋いで入学式に行きたいんだ。」
「…逆回転は針が0の位置になるまで止められません。しかし、記憶が保たれているので、あなたが言った通り“会社で電話に出る”というところまで来たときに、また同じ言動をしなければいいのです。」
「30数年をもう一度やるって…それはちょっと考えられないな。」大樹は地面のほうに目をやった。と言っても、この空間に地面など存在しないのだが。
終わり
「それでは、私からの説明は以上で全てになりますので、こちらの空間の閉鎖処理を開始します。」案内人が両手でリグレットゲージのチェーン部分を持つとマントが少し揺れ、かすかに何かの花の香りがした。こんな無機質な格好をしながら香水を付けているのだろうか。
そう思っていると、案内人の両手からリグレットゲージが突然消えて、その瞬間に大樹の首から下がっていた。同時に、今まで無限に広がっていたはずの空間の、終わりの部分が見えた。
「閉鎖処理が完全に終わりますと、あなたの人生はこちらで終了し、どちらの選択もできなくなります。」
「えっ?!人生が終わる…?」
終わりは、大樹のほうへ向かって少しずつ、少しずつ近づく。
「それでは、素晴らしい人生の選択を——」
第1話 リグレットゲージ
広い空間
「まずは、あなたを少し自由にしてあげます。」
やっと視界が開けたがそこは寝室ではなかった。周りを見回しても何もない。空間の終わりすらなく、何色でもない。明るいか暗いかで言っても、明るくも暗くもない。浮いている感じもないのだが、地面も床もない。
ただ、自分が存在しているのと、目の前に人が立っているだけだ。
「もしかして死んだのか、オレ…」
「死んではいません。でも、今現在の状態は生きてるとも言いません。」目の前の人物は足元まで丈のあるマントにフードを深く被っているので顔も体型も確認できないが、声は女性だ。
「夢か?今日も平日のはずだ、夢ならもう起きて会社に…」
「今日も会社に行くつもりなんですね?」
大樹はハッとする。「いや、違う!今日は入学式だ!大事な娘の入学式があるんだ。早く起きてまずは謝らなきゃ!」
「ここは、夢でもありません。」
夢だと思いたかったが、確かにもし“夢”と言われたとしても信じないだろうと大樹は思った。そのくらい、夢ではないことが自覚できているのだ。
「死んでるわけでも、生きてるわけでもなくて、夢でもない?それに、あなたは誰なんだ?」
「あえてこの場所を説明するなら、あなたの人生の途中を切り開いた空間です。そして私はこの空間を任された管理者。案内人と言ったほうが役割がわかりやすいでしょうか。」
常識では考えられない説明だが、今の状態を表すのには不思議としっくり一致する感覚だったので、大樹はすんなりと受け入れた。
ここはどこなのか
「オレに何が起こったんだ?案内人がいるってことは、これからどこかに行くのか?」
「はい。今から順に説明します。まず、こちら。」案内人はマントから何かを握った手を出した。指の間からは少しだけ年季の入った金属のチェーンがこぼれている。
ところで、やはり案内人の性別は女性のようだ。手は年齢が出やすいと言うが…年齢は大樹と同じか、少し上だろうか。大樹の前でその手を開いて見せると、手のひらに懐中時計のようなものが乗っていた。
「時計?どこの国のものだろう?見たことのない文字だ。」文字盤はアラビア数字やローマ数字、漢数字でもない。さらに、通常の時計のように12分割で刻まれているわけでもない。
「文字盤には、人間に解読されないよう、私たちが使用している文字が書かれているのです。」
「案内人さんは人間じゃないのか?」
「その質問には正確にお答えするのが難しいです。説明を続けます。」
後悔の視認
その懐中時計のようなものは後ろの蓋がパカッと開くような仕組みになっていた。案内人は蓋を開けて見せ、中身は角度によっていろんな色に見える液体が容量いっぱいにキラキラと輝いていて、液体の奥にある歯車はどうやら止まっているように見えた。とにかく、今までこんなに美しいものは見たことがなく、大樹は思わず手を伸ばした。
「…ダメっ!!!」案内人は叫び、その懐中時計のようなものをマントへ隠した。
「ごめん!中に入ってたキラキラした水みたいなものがあまりにも綺麗で。それと、初めて見たものだけど、なんだか懐かしい感じというか、自分のもののような気がして思わず…」
一息ついて案内人は再び懐中時計のようなものを改めて大樹の目の前に持ってきた。
「これはリグレットゲージ。中に入っている液体は、あなたのリグレットです。」
リグレット
「リグレット…?」大樹は懐中時計の中の液体を見せつけられた。
「あなたは今までの人生にたくさんの後悔をしてきた。小さな後悔、大きな後悔、その全ての出来事がリグレットとしてだんだんとゲージに溜まっていったのです。そしてこのように、ゲージはリグレットでいっぱいになってしまった。」
「オレがしてきた後悔…ネガティブなものなのにこんなに輝いてるなんて皮肉だな…。」
「後悔というのは、経験した出来事をある一面から捉えた感覚でしかありません。リグレットゲージには後悔が感情を伴わない出来事として蓄積されていくので、このリグレットは今までのあなたの後悔を客観的に見たものに等しいでしょう。」今までの案内人の言葉は大樹を納得させるものばかりだったが、この説明ばかりは“後悔した出来事なんて、客観的に見たとしてもそんなに美しいものではないだろう”と否定的になり、その輝きの正体が何なのかまじまじと見つめた。そうしていると、昨日の電話に出たときの記憶が鮮明に脳裏に映し出され後悔が蘇った。
「そうだ、このときオレは違うことを言っていればもっと早く帰れて…」気分がどんどん重くなる。
案内人がリグレットゲージを持つ手を少しだけ傾けて違う角度を見せると、後悔は薄れ、代わりに小学校6年生の運動会でやった組体操練習時の記憶が再生され始めた。「このときオレは…」案内人が蓋を閉めるとその後悔も薄くなり、大樹は暗い気持ちながら我に返った。
後悔ばかり
「説明した通り、リグレットゲージの中の液体であるリグレットはあなたが後悔したときの出来事でできている。角度を変えると万華鏡のように違う出来事が見えるのです。」
「その…リグレットゲージ、満タンになるほど後悔を積み重ねてきたってことなんだな?」大樹は明らかにトーンを落としながら言った。「そうすると、どうなるんだ?オレ、ここで終わりなのか?」
「いいえ。むしろ、ここが新たな始まりとなります。これから、あなたには人生の選択をしていただきます。」
prologue オレの記憶
prologue
「あのときも、もう一度確認していれば大丈夫だったかもしれない。」
「あのときも、勇気を出して声をかけていたら何か違ったかもしれない。」
「あのときも、自分が行っていれば…」
リグレットゲージは、あなたが後悔をする度に溜まっていきます。ゲージの上限は、人によって異なります。 もしかしたら、今日この後、あなたのリグレットゲージは限界値を超えるかもしれません。 そのとき、あなたは人生のやり直しを選択しますか?—
いつもと変わらない朝
「パパ、おはよう!早くしないと遅刻するよ。」その日も目を覚ますと一人娘の美桜が微笑んでいた。 大陸はゆっくりと起き上がり、リビングに向かった。だんだんといい匂いが近づいてくる。焼き魚と、大好物の卵焼きの香りだ。今朝の卵焼きには何が入っているんだろうか。
「パパ、おはよう!早くしないと遅刻するよ。」キッチンにも美桜がいるのかと思えば、優月が微笑んでいた。母娘というのはこんなにも似るものなのかと、幸せやら面白さやらで口元が緩んだ。
いつも通りテレビの真正面の席に座り、リモコンを押してぼんやり眺めていると、スマホに通知が入ってきた。 「あっ!」画面に目をやると母親からのメッセージにドキッとした。大事な娘の誕生日をすっかり忘れていたのだった。 「美桜、今日は誕生日だったな!7歳おめでとう!」 「パパありがとう!今日は早く帰ってきてね。絶対だよ!」 「今日はケーキだったよな?」 「うん!今日はケーキで、明日はごちそう!」美桜は年齢のわりにしっかりしてるようにも見えるが、こうしてジャンプしながら喜ぶ様子はやはりまだまだ幼く可愛い。 「今日は誕生日で明日は入学式だもんね。パパ、今日も残業になりそう?大変だろうけど、もし何かあったら連絡ちょうだいね。」 「うん、定時は難しいかもしれないけど、ケーキはみんなで食べられる時間には帰ってくるから。」
小さな後悔
「じゃあ行ってくるよ。」玄関まで行き振り返ると、美桜が両手をあげて待っている。しっかりしゃがんでから抱っこをした。あと何年、こうして抱っこができるんだろうか。娘を抱っこから下ろすと、妻は夫のネクタイを整えた。 「行ってらっしゃい!」美桜も優月も似たような顔で微笑んで大陸を送り出した。
駅まで歩いて向かう途中、大陸はさっきのことを思い返していた。娘の誕生日なんだから忘れるはずがないのだが、昨日の夜も「明日は美桜の誕生日か」と思いながら寝たものだし。 どうしていつも後悔は後からやってくるんだろうか。 まあ、とにかく帰宅すれば誕生日を祝えるのだ。
仕事はいつになく順調だった。このままなら残業は少しどころか、あと一時間、18時の定時で帰れると思ったとき、隣の席の内線が鳴った。電話が苦手な大陸は無視したかったが、2、3コール目で腹をくくった。「すいません渡辺さん今日午後休で。」 「そうなの?二番に菱友ネクストさんからかかってきてるけど、どうする?」菱友は自分がリーダーに入っている案件だ。いつもは事務の渡辺さんが窓口になってメールのやり取りをしているが、電話をかけてきたということは何かあったのかもしれない。 「お世話になっております、佐藤です。渡辺さっ…渡辺がおやっ…ただいま外出中でして…」焦るとつい早口になってしまう。やはりトラブルが発生しているようだが、焦りながら話を続けるとだんだん会話に頭が追いつかなくなってくる。「大変申し訳ありません、本日中に修正して再送いたしますので。」 うなだれたのは電話を切ってからだった。なぜ本日中と言ってしまったんだろうか。先方は明日でもいいと応えてくれていたのだが。
「大陸、何かあった?」営業の吉田がトイレから戻ってきた。「菱友さんから電話あった。納品データにミスがあって、今日中に送る。」 「佐藤さん、申し訳ありません!それ僕やった分ですよね、僕がやります。今日中ですね。」事情を把握した後輩エンジニアが大慌てで横から入ってきた。「菱友さんは俺に任せろ。そんな焦ってやってもまた何かやらかすだろ。進行中の案件は順調だろ?」 大陸は自分が「本日中」と言ってしまったばかりに自分が責任を取るしかないと思っていた。第一、自分がリーダーの案件だ。納品トラブルも確認を怠った自分の責任と感じた。 「佐藤パイセンかっこいいっすねえー!」そう言う吉田は大陸と同い年でほぼ同期の中途入社だ。「吉田、頼むからもうこれから業務中にトイレ行くな。行くなら固定電話も持ってけ。」
遅い帰宅
「お疲れ様でしたー。」いつもは19時過ぎまではほとんど全員が残業しているのだが、ぽつぽつと人が減ってきたところで大陸は気がついた。「しまった…」今日は美桜の誕生日ケーキを食べるんだった。でもあと少しで終わるし、そもそもケーキを食べるだけなら全く問題ないだろう。 一刻も早く終わらせるために作業を急いだ。
データの修正が終わり、メールを立ち上げたところでやっと時刻が目に入った。もう21時目前だった。急いでメールを送ろうと思ったのだが、なぜか送信エラーが2回も出て思ったよりも時間がかかってしまった。 会社の最寄駅まで走りながらスマホに通知が来ていることに気づいた。 『美桜、明日入学式だし、もう寝かせるね』 返事を返す気力すらない。何をするにも遅かったんだ。
家路をとぼとぼと行き、ドアを開けると美桜が駆け寄ってきた。「おかえり!」 「あれ?寝たんじゃ…?」 「パパ、ケーキ食べようねって言ったのは忘れちゃったの?」 「覚えてたけど…」 「覚えてたのに帰って来なかったの?ケーキ嫌いなの?それとも…」 「ケーキは好きだよ!」 「美桜のことお祝いしたくなくなっちゃったんだね。」美桜はムッとしてみせた。 「パパだって仕事で帰れなかったんだ!もう小学生になるってのにそんな言い方は…」 「パパなんて大っ嫌い!」寝室へ駆け込む娘の表情は見えなかった。 「こら!美桜!」 「お祝いしたくないんでしょ!明日もお仕事してて!」 寝室はバタンと閉ざされてしまった。
「おかえり!仕事大変だったね。ご飯用意できてるよ。」リビングのドアが開き、優月がこちらに向かいながら言う。 「美桜、寝室行った?パパが帰るまで待ってるって聞かなかったのよ。本当にパパっ子なんだから…」言いかけて、廊下に流れる空気の悪さに気付いた。「途中で連絡くらいくれても良かったんじゃない?」 「俺ももう寝るわ。」
洗面所の電気を付けると、鏡に見たくもない疲れた表情がうつった。鏡は現実を突きつけてくる。30代に入ってから、急に“年を取る”感覚が目でわかるようになってきた。かと思えば顔つきはまだまだ未熟にも感じる。年を取った分に見合うような成長をできているんだろうか。
真っ暗な寝室に入り、スマホの明るさで寝床を探す。ベッドにあがり、布団をかぶった頃には目が慣れてきていて、娘の寝顔が泣いたままでいるのがやっと見えた。 どうにか笑って眠らせることができなかったかと考えていたら、そのまま自分も眠っていた。
終わりか始まりか
「パパ、おはよう!早くしないと遅刻するよ。」 何年も、何十年も離れた遠くから声が聞こえた気がして、大陸は「もう朝か」とゆっくりと起き上がろうとした。 「あれ?目が開かない。起きられない。」金縛りのようにもがこうとするわけではない。力が入らないのだ。
「起きられない?当たり前じゃないですか、リグレットゲージが限界値を超えたんだから—」